「21世紀の落語入門」を読みました

今日も「読書日記」です。

本日、小谷野敦著「21世紀の落語入門」を読み終わりました。

21世紀の落語入門 (幻冬舎新書)

21世紀の落語入門 (幻冬舎新書)

読んだのは、2012年5月30日発行の第1刷でした。

読んだきっかけ

ここ数年、友人に連れられて寄席や独演会に行くようになりました。一時期「捕物帳」にはまっていたことがあったので、噺のベースとなる風俗はわかるのですが、志ん生とか圓生とか言われてもちんぷんかんぷんなので、そういった知識をインプットできるならと思ったのです。

本書の要点

 初心者は、存命の落語家より志ん生文楽圓生といった過去の名人のものを聞くように、と勧めておられます。あとは「寄席礼賛の風潮に流されない」ということ、「落語を楽しみための基本的な知識を解説書などで身に着けよう」ということでしょうか。

気になったところ

「寄席礼賛の風潮に流されない」というのはよくわかります。前述の友人と浅草演芸ホールに行ったとき、出てくる人出てくる人面白くなくて友人が次第に不機嫌になり、挙句喧嘩になってしまったことを思い出しました。

その他気になったのは立川流に関する箇所でしょうか。

近ごろ、立川流真理教徒みたいなのがいるようだ。私はプロ野球のチームのファンというのが理解できない。チームなんて選手はどんどん変わるではないか。相撲の世界で、出羽海部屋のファン、などというのは、後援会に入っているのでもない限りない。なのに野球の世界だけ、そういうことがある。いや、サッカーとかにもあるのか。

 立川流ファンというのは、そういう感じのものである。私が一番いいと思うのは志らくである。アレンジの冴えは一番と言えようし、映画好きなのも、先代圓楽が教養をひけらかしたような嫌味さがないのは、自分で狂気じみた落語家を演じているからだろう。逆に、いちばん嫌なのは志の輔で、これは別のところで書いたが、仲間外れにされている人間を嗤いものにするようなマクラ、「水戸黄門」をネタにするところ、感心しないのである。小朝も、現代受けするようなマクラや地噺をやるが、志の輔ほど俗には流れないだろう。あと談春も、普通のできているという以上のものがあるとは思えない。

私は立川志の輔の面白さが全くわからなくて、WOWOWで「志の輔らくご」が放送されていても一度も見たことがありません。

立川流礼賛に懐疑的、というだけで著者に共感してしまいました。

まとめ

この新書を読んでも 落語に関する蘊蓄が全く頭に定着しませんでした(^^;

通ぶるのは私には無理、楽しむだけにした方が良さそうです。

 ちなみに私は柳家小三治柳亭市馬が好きです。柳家花禄も独演会に行ったら良かったので好きになりました。桂歌丸は飛行機の中で聴いた「紙入れ」という噺が面白かったので、その後YouTubeでいくつか動画を観てすっかりファンになりましたが、最近体調が悪いようなのでとても心配です。